2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ

« 真夜中の電話 | トップページ | ブログ仲間 »

2008年5月22日 (木)

荻野吟子

 200805201040001_3  5月20日、大荒れの雨風で朝の通勤時間帯は、列車の運行に遅れ出て大変だったそうです。そんな中10時過ぎから埼玉県熊谷市俵瀬(旧妻沼町俵瀬)へ仕事で出かけました。少し降っていた雨も上がり、利根川方面へ向かって走っていると、先ほどまでの強風と雨のお陰で、空気が洗われて遠くの山までハッキリと見えてきました。真っ青な空に飛んでいく白い雲もきれいでした。
 目的地の俵瀬に入ると<荻野吟子 生誕の地>の標識。子供が小さいころ、埼玉郷土カルタに「おぎの吟子 日本の女医第一号」と言うのが有ったのを200805201105000_2 思い出しました。目的の仕事も終了し「荻野吟子さんの生誕地は近いのですか?」と尋ねたら「3~4分ほどで行けますよ。」と場所を教えて下さいました。次の仕事先まで30分程の余裕があったので寄ることに。まだ出来たばかりの綺麗な<熊谷市立荻野吟子記念館>。駐車場には車の掃除をしている男性が一人だけ。裏の庭の方に行こうとすると、「中へどうぞ^^」と先に立って入り電気をつけてくれて・・・ 記念館の係りの人でした。館内には誕生から最期までの年表や、知人に宛てた素晴らしい字の手紙、当時荻野吟子が着ていたドレス、関連の本などが展示されていました。1851年この地で生まれ17歳で嫁ぎ夫から性病に罹患。その屈辱的な痛みと治療から女医になる事を決意、200805201106000_2 偏見と障害を乗り越え、日本初の女医になった女性です。
 のどかな田園風景が広がる俵瀬村で生まれ、明治初期の男尊女卑の時代に女医を志した荻野吟子の記念館、仕事のお陰で出会えた興味深い場所でした。あまりゆっくりも出来ないのでサッとみて係りの方と少しお話しお礼を言って次の羽生市へ向かいました。
 記念館に展示された本の中に、「花埋み(はなうずみ)」がありました。渡辺淳一の初期の代表的作品の一つだそうです。早速読んでいますが大きな困難を一つずつ乗り越え進んでいく荻野吟子の強さに引き込まれています。

« 真夜中の電話 | トップページ | ブログ仲間 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 真夜中の電話 | トップページ | ブログ仲間 »